日本の近代史の真実Ⅹⅻアメリカ①

*白い太平洋

WASP」と言う言葉はご存知でしょうか、「ワスプ」と読みます。

W;「White」白色、つまり「白人」のことです。

AS;「Anglo-Saxon」アングロサクソン民族のことです。

P;「Protestant」キリスト教の新教徒のことです。

アメリカを建国した当時の生粋の「アメリカ人」と言う意味で使われています。

Wについては、見ればわかります(見てもわからない人もいますが)が要するに白人のことです。ではアングロサクソンとはどんな民族かと言うと、かのヒトラーで有名なゲルマン民族の一部です。ゲルマン民族は概ね、その居住する地域によって四つに分けられていました。東西南北です。

共和制ローマ時代ちょうど紀元前50年位の頃、ユリウスカエサルがローマの北方ガリアと呼ばれていた現在のヨーロッパに遠征した時、多くの民族を征服しました。しかし、ガリアのさらに北方のゲルマニアと呼ばれた地域の人々は激しく抵抗しました。ゲルマニアに住む人々を「ゲルマン人」と呼ぶようになったのです。一言付け加えれば、民族と人種は別のものです。「ゲルマン」の人種的優越性を唱えたヒトラーはその辺を錯誤していたのでしょう。

そのゲルマンのうち、ドイツ北部ユトランド半島の付け根あたりにアングレ地方があり、その西どなりにニーダーザクセンと言う土地があり、そこに住んでいた人々が後にアングロサクソンと呼ばれるようになりました。西ゲルマン人とくくられます。デンマークやスカンジナビア半島に住んでいたゲルマン人は北ゲルマンに属し、いわゆる「バイキング」と呼ばれていました。なかでもデンマークを本拠としていたデーン人は極めて有力でデンマーク王国を建国し、北海を超え、ブリテン島やフランス沿岸にまで進出して植民を行いました。さて、ローマの支配が終わったブリテン島にアングロサクソン人が進出しいくつかの王国を築きましたが、デーン人の侵入により、デンマークに併合支配され、その後、再びアングロサクソン人がデーン人を追い出し、イングランドの基礎ができたのです。アングロサクソン人は農耕民族なのですが、デーン人は海を生きるバイキングです。デーン人の伝統はその後の英国人の海洋民族たる伝統の基となったのです。そして、その英国人の一部(清教徒)が自らの理想の地(神に約束された地)を求めてアメリカ大陸へ渡ったのですから、アメリカと言う国もまた、大陸国家ではなく、海洋国家たるべき性質を持っていると言えるのです。

1821年、ペリー来航より30年ほども前、メキシコはスペインから独立します。当時、テキサスはメキシコの領土だったのです。アメリカ人がテキサスに入植すると、奴隷制を廃止していたメキシコと紛争が起きます。アメリカ人はテキサス革命を起こし、勝手にテキサス共和国を樹立すると1845年にはアメリカがテキサスを併合してしまいます。怒ったメキシコは宣戦を布告し米墨戦争が起きますが、メキシコは負け、1848年にカルフォルニアやニューメキシコまでアメリカに奪われてしまいます。大陸を制圧し西海岸に到達したアメリカは新たなるフロンティアを求め太平洋へ船出しました。そのわずか五年後にペリー艦隊の日本来航となったのです。

ハワイ王国は、1820年頃には米国人宣教師が布教活動を行い出していました。当時欧米諸国はランプ用の鯨油を採取する目的で捕鯨を行っていましたが、大西洋の鯨資源は乱獲によって枯渇し始めていました。英国が多かったようですが、各国合わせて年間2万頭以上に達していたようです。そこで、太平洋に進出し始めたのです。アメリカも当初はカルホルニア沿岸が中心でしたが資源が減るにつれより大型の捕鯨船にて遠洋浸出し始めます。その為ハワイは絶好の中継基地として入植者が急増します。

1887年(明治20年)アメリカ人サトウキビ業者等によってクーデターが起き、ハワイ王国はアメリカへの従属を余儀なくされ、さらに1893年(明治26年)アメリカ海軍ボストン号の派遣によってハワイ臨時政府を設立、翌1894年(明治27年)にはハワイ共和国樹立を宣言、翌1895年にはハワイを併合してしまったのです。

フィリピンは16世紀よりスペインの植民地でした。1890年代に入るとフィリピンにおいても独立運動が起きます。スペインによって一度は鎮圧されますが、1898年(明治31年)米西戦争が勃発すると、アメリカはフィリピン独立を全面的に支援すると約束し、フィリピンにも侵攻します。キューバ、プエルトリコを急襲されたスペインはアメリカに屈し、アメリカのフィリピン支配を認めさせられます。米国はフィリピン人を騙したのです。

このようにしてアメリカは太平洋における覇権を確立していったのです。

その先には、「支那大陸」がありました。先行するイギリスは既に、大陸に大きな利権を有していました。しかも新興の日本が大国ロシアを打ち砕き、海洋大国として目の前に立ちはだかるかのように見えたのも無理からぬことかもしれません。アメリカの夢は支那に至る太平洋を自らの海、つまり「白き太平洋」とすることだったのです。一方の日本はアジアの開放とアジア民族による「大東亜」の建設が夢だったのです。

先の大戦を日本が「大東亜戦争」と呼び、アメリカは「太平洋戦争」と呼ぶには双方にそれなりの理由があったわけです。

日本の夢は一応の終局を迎えました。日本が最後まで成したわけではないけども、また問題も多いけれども、とにかくアジア諸国は全て独立を果たし、民族自決は勝ち取りました。

しかしアメリカの夢は実現されずにいるのです。アメリカは未だに「白き太平洋」の夢実現の為に戦い続けているかのように見えます。

「支那大陸」と言うフロンティアへの到達を目指して。

1904年(明治34年)から1907年にかけアメリカは11隻の戦艦を新造し世界にその海軍力を誇示する為、16隻の戦艦を中心とする大艦隊で世界一周航海を行います。主な目的はロシアに勝利した日本を威圧することでした。その艦隊が日本に現れたのは1908年(明治41年)10月のことでした。

艦隊の船はすべて「白色」に統一され「グレート・ホワイト・フリート」(白い大艦隊)と名付けられていました。